一燈園総路頭が行われました
- 2022年11月17日
十月一日、「一燈園総路頭」が執り行われました。総路頭は、同人が光泉林を預かるという原点を確認する行持です。参加者は、同人をはじめとする路頭者三十五名、光泉林を預かる側として全国光友会会員十一名と各事業部職員二十四名の、総勢七十名でした。
同人の出発に先立ち、光友世話人会が八時三十分より開かれました。同人路頭中の預かり方を確認し、また連絡事項として長浜光友クラブ会長の月ケ瀬義雄氏が、進行中の西田天香・杉本哲郎画伯記念事業の資金調達が達成されたことを報告されました。
雲の少ないくっきり澄んだ青空の朝でした。学園の校庭に路頭者らが立ち並び、九時、「照る日の鐘」が鳴りました。西田多戈止・一燈園当番が挨拶に立ち、一燈園生活の一年を舞台に喩えるなら、今日は最も大事な一幕であり、一人ひとりが天香さんに深く想いを致し、総路頭に立ってほしい旨、一同に伝えられました。
九時十五分、同人一同は持鉢を抱え、校庭を出発し光泉林の門を出て、橋の上で先頭の西田当番が野田龍三・預り当番(全国光友会当番)へ光泉林の金庫の鍵を託し、路頭に立ちました。疎水の脇を一列に進み、諸羽神社へ着くと参拝し、各自雑巾や箒を持って清掃を始めました。境内の吹きさらしの神殿を拭くと雑巾はすぐ真っ黒になりました。一通り拭き上げられた頃、光友の使者として松浦有太氏、佐藤武氏、首藤紀百子氏が見えました。使者から西田当番へ、また光泉林に戻り一年間預かってほしい由伝えられ、当番はそれを祷務会の方々に諮問し受諾しました。
それから使者の松浦氏を先頭に、同人一同は来た道を引き返し、合掌して立ち並ぶ学園の生徒と光友、各事業部職員の出迎えを受け、光泉林に戻りました。総寮三階で引継式が行われ、無事総路頭が祷了されたことを、西田当番と野田全国光友会当番が確認しました。
なお、同人が総路頭に立っていた間、光泉林に残った光友世話人会の方々は学習会をもちました。この日の講師は南山宗教文化研究所の末村正代氏で、昨年十一月にロンドン在住の方の照会を受けて始まった「天香さんは洗礼を受けていたかどうか」の調査に関し、報告がなされました。
最後に一つ。実は、総路頭前日、黙って回光社を出た西田多戈止当番が、一人疎水の脇を歩いて行かれるのが見えました。どこへ行かれたのかと職員が思っていたところ、諸羽神社までの往復を事前に歩かれたらしいことが後になって知れました。当番には歩き慣れたはずの道筋です。確認が必要であったのは、道筋でなく、九十二歳のご自身の身体であったのかもしれません。当日は平然と一同の先頭をペースを保って往復されました。天香さんを継いでその遺徳を背負い責任の重さに耐えてこられた身体なのだろうと想います。来年も先頭にその姿を見たい、と記せばご負担になるでしょうか。
(「光」2022年11月号より転載)